
多くの宿泊施設の中から選ばれる決め手、それは顧客の心を掴む「ブランドストーリー」です。この記事を読めば、星野リゾートや帝国ホテルといった有名施設の事例から、なぜ今ストーリーが重要なのか、そして魅力的な物語に共通する5つの要素が明確に分かります。単なる歴史紹介ではない、宿の独自性を際立たせファンを増やすストーリー作りのヒントも解説。貴施設の魅力を最大限に引き出す物語を紡ぐための秘訣がここにあります。
1. なぜ今 宿泊施設のブランドストーリーが重要なのか
数多くの宿泊施設が立ち並ぶ現代において、単に設備や価格、立地といったスペックだけで顧客の心をつかみ、選ばれ続けることは難しくなっています。インターネットやSNSの普及により、旅行者は事前に膨大な情報を比較検討できるようになりました。このような状況下で、他の施設との明確な差別化を図り、顧客との間に深い эмоциона的なつながりを築く上で、「ブランドストーリー」の重要性が急速に高まっています。
なぜ今、宿泊施設にとってブランドストーリーがこれほどまでに重要視されるのでしょうか。その背景には、競争環境の変化、消費者の価値観のシフト、そして情報流通のあり方の変容など、複数の要因が複雑に絡み合っています。
1.1 競争激化と差別化の必要性
近年、ホテルの新規開業ラッシュや民泊の普及、異業種からの参入などにより、宿泊業界の競争はますます激化しています。特に、楽天トラベルやじゃらんといったOTA(Online Travel Agent)のプラットフォーム上では、価格や口コミ評価による比較が容易になり、施設側は厳しい価格競争にさらされがちです。しかし、価格競争には限界があり、利益率の低下やサービスの質の低下を招くリスクも伴います。このような状況において、価格以外の価値、すなわちその施設ならではの独自の魅力や個性を伝え、顧客に「選ぶ理由」を与えることが不可欠です。ブランドストーリーは、施設の歴史、哲学、地域との関わりなどを織り交ぜることで、他にはないユニークな価値を創造し、効果的な差別化を実現するための強力な武器となります。
1.2 消費者の価値観の変化と情報収集行動
現代の消費者は、単にモノを所有すること(モノ消費)から、そこでしか得られない体験や感動(コト消費)、さらにはその瞬間の特別な時間(トキ消費)を重視する傾向にあります。旅行においても、豪華な設備や便利な立地だけでなく、その場所でしか味わえない特別な体験や、宿の背景にある物語に共感し、心を動かされることを求める人が増えています。また、InstagramやX(旧Twitter)、ブログなどのSNSを通じて、個人の体験談やストーリーが瞬時に共有・拡散される時代です。消費者は、広告よりも信頼できる個人のリアルな声や、共感を呼ぶ物語に強く惹きつけられます。魅力的なブランドストーリーは、SNSでの自然な拡散を促し、潜在顧客の興味関心を引きつける上で非常に有効な手段となるのです。
1.3 ブランドロイヤリティ構築とファン獲得
ブランドストーリーは、顧客との間に単なる取引関係を超えた、感情的なつながりを育む力を持っています。施設の創業時の想いや困難を乗り越えた歴史、地域への貢献、スタッフの情熱などに触れることで、顧客は施設に対して親近感や共感を抱きやすくなります。このような感情的なエンゲージメントは、顧客ロイヤリティの向上に直結します。ストーリーに共感した顧客は、単なる一度きりの利用者ではなく、その施設の熱心な「ファン」となり、繰り返し利用してくれるリピーターになる可能性が高まります。さらに、ファンとなった顧客は、自らSNSや口コミでその魅力を発信してくれることも期待でき、LTV(顧客生涯価値)の向上と、安定した集客基盤の構築に大きく貢献します。
1.4 情報過多時代における選択基準の変化
インターネット上には、無数の宿泊施設に関する情報が溢れています。旅行者は、予約サイトや比較サイト、SNS、ブログなど、様々なチャネルから情報を得ることができますが、その一方であまりにも多くの選択肢と情報量に戸惑いを感じることも少なくありません。このような情報過多の状況においては、単なるスペック情報(価格、部屋の広さ、アメニティ、立地など)だけでは、顧客の記憶に残りにくく、他の施設との違いを際立たせることが困難です。しかし、人の心に深く響き、記憶に残りやすいのは、論理的な情報よりも、感情に訴えかける物語です。施設の背景にあるユニークなブランドストーリーは、数ある選択肢の中から「この宿に泊まってみたい」と思わせる強い動機付けとなり、顧客の意思決定において重要な役割を果たすのです。
2. 宿泊施設のブランドストーリーとは何か その意味と価値
近年、旅行者の価値観が多様化し、単に「泊まる」だけでなく、特別な「体験」や「共感」を求める傾向が強まっています。このような時代背景において、「宿泊施設のブランドストーリー」は、他の施設との差別化を図り、顧客の心を掴むための極めて重要な要素となっています。それは、単なる施設の設備やサービスの紹介を超え、宿が持つ独自の哲学、歴史、そして未来への想いを伝える「物語」なのです。
ブランドストーリーは、施設のスペックや価格といった機能的価値だけでは伝えきれない、情緒的な価値を顧客に提供します。なぜこの宿が生まれたのか、どのような想いでゲストを迎えているのか、どんな困難を乗り越えてきたのか。そうした背景にある物語を知ることで、顧客は施設に対して深い理解と親近感を抱き、単なる宿泊場所としてではなく、「応援したい」「また訪れたい」と思える特別な存在として認識するようになります。これは、価格競争に陥ることなく、持続的なファン獲得と安定した経営基盤を築く上で、計り知れない価値を持つのです。
2.1 単なる歴史紹介ではない 顧客の心を動かす物語
宿泊施設のブランドストーリーは、創業からの年表や出来事を淡々と並べた歴史紹介とは全く異なります。もちろん、歴史的な背景や事実は重要な要素ですが、それ以上に大切なのは、その背後にある人々の情熱、葛藤、決断、そして感動といった「生きたドラマ」を伝えることです。顧客は、論理的な説明よりも、感情に訴えかける物語に強く惹きつけられます。
例えば、創業者がどのような想いでその土地を選び、宿を立ち上げたのか。時代の変化の中で、どのような困難に直面し、それをどう乗り越えてきたのか。地域の人々とどのように関わり、共に発展してきたのか。こうしたストーリーを通じて、宿の個性や価値観が浮き彫りになり、顧客はまるでその物語の一部になったかのような感覚を覚えます。共感を呼び、記憶に深く刻まれることで、「この宿だから泊まりたい」という強い動機形成につながるのです。単なる情報提供ではなく、顧客の感情を揺さぶり、心を動かす力を持つことこそ、ブランドストーリーの本質と言えるでしょう。
2.2 宿泊施設の独自性を際立たせるブランドストーリーの力
現代において、宿泊施設は国内外に無数に存在します。その中で自社を選んでもらうためには、他にはない独自の魅力、すなわち「独自性」を明確に打ち出す必要があります。ブランドストーリーは、この独自性を最も効果的に伝えられる手段の一つです。施設の立地や設備、サービスといった要素は模倣されやすいですが、その宿だけが持つ歴史や背景、哲学に基づいたストーリーは決して真似できません。
ブランドストーリーを通じて、宿が大切にしている価値観や世界観を顧客に提示することで、「この宿ならではの体験」への期待感を高めることができます。例えば、「地域文化との共生」をテーマにしたストーリーは、その土地ならではの体験を求める顧客に響きますし、「革新的なおもてなしへの挑戦」を描くストーリーは、新しい刺激を求める顧客の心を捉えるでしょう。このように、ストーリーはターゲット顧客層に的確にアピールし、施設のブランドイメージを強固に構築する力を持っています。
さらに、魅力的なブランドストーリーは、顧客だけでなく、そこで働くスタッフのエンゲージメントを高める効果も期待できます。自社の宿が持つ物語に誇りを持ち、共感することで、スタッフ一人ひとりのおもてなしへの意識が向上し、より質の高いサービス提供につながります。結果として、顧客満足度も向上し、リピーターやファンの獲得、そして良好な口コミの拡散といった好循環を生み出す、ブランドストーリーは経営における強力な推進力となるのです。
3. 読者の心を掴む 国内宿泊施設のブランドストーリー事例
日本国内には、その土地ならではの魅力や独自の哲学を背景に、多くの人々を惹きつけるブランドストーリーを持つ宿泊施設が存在します。ここでは、特に印象的で、多くの顧客から支持されている宿泊施設のブランドストーリー事例をご紹介します。それぞれの物語には、経営者の情熱、地域との関わり、そして顧客への深い想いが込められています。
3.1 星野リゾート 再生と地域共創のブランドストーリー
星野リゾートのブランドストーリーは、単なる高級リゾートの物語ではありません。その核心には、経営危機に瀕した施設を再生させ、地域と共に新たな価値を創造していくという力強い意志があります。1914年、軽井沢で最初の温泉旅館を開業した歴史を持ちますが、現在の星野リゾートの礎を築いたのは4代目社長の星野佳路氏です。彼は、外資系金融機関での経験を経て家業に戻り、徹底した経営改革と独自の運営システム「教科書」を導入しました。
星野リゾートのストーリーで特に感動を呼ぶのは、各地の経営不振に陥った旅館やリゾート施設を、その土地の文化や自然を最大限に活かしながら再生させてきた点です。単に施設をリニューアルするだけでなく、地域の魅力を再発見し、スタッフ一人ひとりが主体的に考え行動するフラットな組織文化を醸成することで、持続可能な運営モデルを確立してきました。その土地でしか体験できない特別な時間を提供すること、そして地域社会への貢献を重視する姿勢が、多くのファンを生み出しています。
3.1.1 リゾナーレや界など 多様なブランド展開の背景
星野リゾートの強みは、その多様なブランド展開にも表れています。「星のや」のような圧倒的な非日常を提供するラグジュアリーブランドから、地域の魅力を再発見する温泉旅館「界」、洗練されたデザインと豊富なアクティビティが魅力の西洋型リゾート「リゾナーレ」、都市観光を楽しむためのホテル「OMO(おも)」、ルーズな滞在を楽しむホテル「BEB(ベブ)」まで、ターゲットとする顧客層や旅の目的に合わせて、明確なコンセプトを持つブランドを複数展開しています。
この多様なブランド展開は、単なる事業拡大戦略ではありません。それぞれのブランドが、「旅は魔法」という同社の理念に基づき、異なる角度から顧客に新たな発見や感動を提供することを目指しています。例えば、「界」では地域の伝統工芸や文化を体験できる「ご当地楽」を提供し、「リゾナーレ」ではファミリー層が楽しめる多彩なアクティビティを用意するなど、各ブランドが独自の価値提案を行っています。この戦略的なブランドポートフォリオによって、星野リゾートは幅広い顧客層のニーズに応え、常に新鮮な魅力を発信し続けているのです。
3.2 帝国ホテル 伝統と革新が織りなすおもてなしの物語
帝国ホテルは、130年以上の歴史を持つ日本を代表するホテルであり、そのブランドストーリーは日本の近代化と共に歩んできた「迎賓館」としての誇りと、時代に合わせて進化し続けるおもてなしの精神によって紡がれています。1890年、海外からの賓客を迎えるための国策ホテルとして、渋沢栄一らによって設立されました。開業当初から「日本の顔」としての役割を担い、国内外のVIPをもてなしてきました。
特に有名なのは、建築界の巨匠フランク・ロイド・ライトが設計した2代目の本館(通称ライト館)です。その芸術的な美しさはもちろん、関東大震災の際にも大きな被害を免れ、被災者の救援活動の拠点となったエピソードは、帝国ホテルの堅牢性と社会的な使命感を象徴する物語として語り継がれています。また、日本で初めてバイキング形式のレストラン「インペリアルバイキング サール」を開設したり、ホテル内にランドリーサービスやショッピングアーケードを設けるなど、常に時代の先駆けとなるサービスを提供し続けてきました。「伝統は革新の連続である」という考え方が、帝国ホテルのブランドを色褪せることなく輝かせているのです。
3.2.1 日本の迎賓館としての役割と歴史的ストーリー
帝国ホテルは、開業以来、数多くの国賓や皇室関係者、世界の著名人を迎えてきた輝かしい歴史を持っています。マリリン・モンローが来日時に滞在し、「シャネルの5番を着て寝る」という有名な言葉を残した場所としても知られています。また、チャールズ・チャップリンやヘレン・ケラー、エリザベス女王など、歴史に名を刻む人物たちが帝国ホテルを訪れ、そのおもてなしを体験しました。
これらのエピソードは、単なる過去の出来事ではなく、帝国ホテルが常に最高水準のサービスと格式を提供してきた証であり、そのブランド価値を形成する重要な要素となっています。国際会議の舞台となったり、歴史的な出来事の背景となったりすることも多く、まさに日本の外交史や文化史の一端を担ってきた存在と言えるでしょう。こうした歴史的な積み重ねと、そこで培われた経験に基づく洗練されたおもてなしが、帝国ホテルならではの重厚なブランドストーリーを形作っています。
3.3 加賀屋 世代を超えるおもてなしの心 そのブランドストーリー
石川県和倉温泉に佇む加賀屋は、「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」において長年にわたり総合日本一に輝き続けるなど、日本最高峰のおもてなしを提供する旅館として広く知られています。そのブランドストーリーは、創業以来一貫して受け継がれてきた「お客様第一主義」の精神と、それを体現する従業員たちのひたむきな努力によって築き上げられてきました。
加賀屋の歴史は1906年に遡ります。当初は小さな宿でしたが、時代の変化に対応しながら規模を拡大し、常に顧客満足度を追求してきました。特に、「すべての基本はお客様にあり」という理念は、館内の隅々にまで浸透しています。豪華な設備や美しい日本庭園、美術館さながらの調度品なども魅力ですが、加賀屋の真髄は、やはり「人」によるおもてなしにあります。客室係を中心としたスタッフ一人ひとりが、お客様の気持ちを汲み取り、期待を超えるサービスを提供しようと日々努めています。その姿勢が、訪れる人々に深い感動を与え、リピーターを増やし続けているのです。
3.3.1 お客様との絆を紡ぐ感動のエピソード
加賀屋のブランドストーリーを彩るのは、お客様一人ひとりとの間に生まれた心温まるエピソードの数々です。例えば、お客様の誕生日や記念日をさりげなくお祝いしたり、体調を気遣って特別な食事を用意したり、忘れ物を遠方まで届けたりといった話は枚挙にいとまがありません。これらはマニュアル化されたサービスではなく、スタッフが自らの判断でお客様のために何ができるかを考え、行動した結果生まれるものです。
ある有名なエピソードとして、以前宿泊されたお客様が、数年後に再び訪れた際、担当した客室係がそのお客様の好み(例えば、苦手な食べ物や枕の高さなど)を覚えていて、何も言わずとも完璧な準備をしていた、というものがあります。このようなパーソナルで記憶に残るおもてなしこそが、お客様との強い信頼関係、すなわち「絆」を築き上げ、加賀屋を特別な存在にしています。「またあなたに会いに来たよ」と言われるような、人と人との繋がりを大切にする姿勢が、世代を超えて愛されるブランドストーリーの核となっています。
3.4 アパホテル 独自の戦略と成長のブランドストーリー
アパホテルは、日本全国そして海外にも展開する巨大ホテルチェーンであり、そのブランドストーリーは明確なコンセプトと独自の経営戦略に基づいた急成長の物語です。1984年に石川県金沢市で最初のホテルを開業して以来、特に2000年代以降、都市部を中心に驚異的なスピードで店舗網を拡大してきました。「APA」は「Always Pleasant Amenity(いつも気持ちの良い環境を)」の頭文字であり、その名の通り、高品質・高機能・環境対応型を追求する「新都市型ホテル」という独自のコンセプトを打ち出しています。
アパホテルの成長ストーリーは、創業者である元谷外志雄氏と、社長である元谷芙美子氏(アパ社長)の強力なリーダーシップと、既成概念にとらわれないユニークな戦略によって特徴づけられます。例えば、都心の一等地や駅前に集中的に出店する戦略、積極的なM&A、そしてアパ社長自身のメディア露出を最大限に活用した広報戦略などが挙げられます。賛否両論を巻き起こすこともありますが、その一貫したブランドイメージと高い認知度は、他のホテルチェーンとは一線を画す存在感を確立しています。
3.4.1 都市型ホテルとしての明確なコンセプト
アパホテルのブランドストーリーにおいて重要なのは、「新都市型ホテル」という明確なコンセプトを徹底して追求している点です。これは、ビジネス利用や都市観光の拠点として、宿泊に特化した機能性を重視する考え方に基づいています。客室はコンパクトながらも、高品質なベッド(クラウドフィットSPなど)や大型液晶テレビ、明るいシーリングライト、無料Wi-Fi、VOD(アパルームシアター)といった最新設備を標準装備し、快適な滞在空間を提供しています。
また、環境への配慮もコンセプトの重要な柱です。例えば、CO2排出量を削減するたまご型ユニットバスや、節水型シャワーヘッドの導入などを積極的に行っています。さらに、チェックイン・チェックアウトの効率化を図る「アパアプリ」や自動チェックイン機なども導入し、利便性の向上にも注力しています。このように、ターゲット顧客(主にビジネスパーソンや都市観光客)のニーズを的確に捉え、無駄を省きながらも必要な機能と品質を追求する姿勢が、アパホテルのブランドを形作り、多くの利用者に支持される理由となっています。
4. 魅力的な宿泊施設ブランドストーリーに共通する5つの要素
数多くの宿泊施設の中から選ばれ、顧客の心に深く響くブランドストーリーには、いくつかの共通する要素が見られます。単に施設の情報を伝えるだけでなく、感情に訴えかけ、記憶に残る体験を予感させる物語。ここでは、多くの人々を惹きつける魅力的な宿泊施設のブランドストーリーに共通する5つの重要な要素を詳しく解説します。
4.1 創業者の情熱や宿の哲学が明確であること
魅力的なブランドストーリーの根幹には、創業者や経営者の熱い想い、そして宿が大切にする独自の哲学が息づいています。「なぜこの場所で、このような宿を始めたのか」「お客様にどのような時間を提供したいのか」といった、根源的な問いに対する答えが明確であるほど、ストーリーは深みを増し、人々の共感を呼びます。それは、単なる利益追求ではない、宿の存在意義そのものを語るものです。例えば、創業者が特定の風景に魅せられ、その感動を共有したい一心で宿を立ち上げたエピソードや、代々受け継がれてきた「おもてなし」に対する揺るぎない信念などが、具体的な言葉や行動を通じて語られることで、顧客は宿の姿勢に信頼を寄せ、その世界観に引き込まれていくのです。この情熱や哲学は、ウェブサイト、パンフレット、スタッフの言葉遣いや立ち振る舞いなど、あらゆる顧客接点において一貫して表現されることで、より強力なブランドメッセージとなります。
4.2 地域の歴史や文化との深いつながりを感じさせること
宿泊施設は、その土地の歴史や文化と切り離して存在することはできません。魅力的なブランドストーリーは、施設が立地する地域の歴史、文化、自然といった要素と深く結びついています。古くから続く温泉地の湯守としての役割、歴史的な建造物をリノベーションした背景、地域の伝統工芸を取り入れた空間づくり、地元の食材を活かした料理へのこだわりなど、地域との関わりを丁寧に描くことで、ストーリーに独自性と奥行きが生まれます。顧客は、単に宿泊するだけでなく、その土地ならではの物語に触れることで、より豊かで記憶に残る旅の体験を得ることができます。地域への敬意と貢献の姿勢を示すことは、施設の信頼性を高めると同時に、顧客に知的な発見や感動を与え、その土地自体への愛着をも育むきっかけとなるでしょう。地域と共に歩んできた、あるいはこれから共に歩んでいこうとする姿勢が、ストーリーに温かみと説得力をもたらします。
4.3 困難を乗り越えた背景にある感動秘話
順風満帆な歴史だけでなく、経営危機、自然災害、時代の変化といった困難をいかにして乗り越えてきたかというストーリーもまた、人々の心を強く打ちます。逆境に立ち向かう中で生まれた工夫や決断、支えてくれた人々への感謝、そして再生への強い意志。こうした苦難の物語は、ブランドの人間味や誠実さを伝え、顧客に深い共感と感動を呼び起こします。例えば、廃業寸前の旅館を再生させたストーリーや、災害からの復興にかける地域住民と一体となった取り組みなどは、多くの人々の応援したいという気持ちを掻き立てるでしょう。困難を乗り越えた経験は、ブランドの resilience(回復力) を示し、揺るぎない価値観を浮き彫りにします。ただし、単なる苦労話に終始するのではなく、そこから得た教訓や未来への希望を語ることが、共感をさらに深める上で重要です。
4.4 他にはない独自のコンセプトや世界観の提示
競争が激しい宿泊業界において、他にはない明確なコンセプトや独自の世界観は、ブランドを際立たせる強力な武器となります。「アートに泊まる」「森の中でデジタルデトックス」「美食を極めるオーベルジュ」など、特定のテーマや価値観に基づいて施設全体が一貫してデザインされ、サービスが提供されている場合、それは強力なブランドストーリーの核となります。建築デザイン、インテリア、アメニティ、食事、アクティビティ、スタッフの服装や言葉遣いまで、細部にわたってコンセプトが体現されていることで、顧客はまるで物語の主人公になったかのような没入感を味わうことができます。この独自の世界観は、ターゲットとする顧客層に強く響き、「ここにしかない体験」を求めて人々を引きつけます。コンセプトが明確であればあるほど、ブランドイメージは鮮明になり、顧客の記憶に深く刻まれるのです。
4.5 顧客体験への揺るぎないこだわりと進化の姿勢
最終的にブランドストーリーの価値を決定づけるのは、顧客一人ひとりの体験に対する真摯なこだわりと、常により良いものを追求し続ける進化の姿勢です。どんなに素晴らしいストーリーを持っていても、実際の滞在体験が伴わなければ、その価値は色褪せてしまいます。「お客様の期待を超えるおもてなし」を追求する日々の努力、寄せられた声に真摯に耳を傾け改善を続ける姿勢、時代の変化や顧客ニーズの多様化に合わせてサービスを進化させていく取り組み。これらすべてが、ブランドストーリーを補強し、顧客との長期的な信頼関係を築く上で不可欠です。細やかな気配り、パーソナライズされた対応、記念日へのサプライズなど、顧客の心に残る感動的なエピソードは、最高のブランドストーリーとして語り継がれていきます。現状に満足せず、常に顧客満足度の向上を目指す真摯な姿勢こそが、ブランドへの深い愛着とロイヤリティを育むのです。
5. 自社の宿泊施設でブランドストーリーを紡ぐヒント
魅力的なブランドストーリーは、一朝一夕に生まれるものではありません。しかし、自社の宿泊施設が持つ独自の価値や歴史の中に、その種は必ず眠っています。ここでは、お客様の心を掴み、記憶に残るブランドストーリーを紡ぎ出すための具体的なヒントをご紹介します。表面的な情報だけでなく、その背景にある想いや文脈を丁寧に掘り起こすことが重要です。
5.1 宿の起源や歴史的背景を深く掘り下げる
すべての宿泊施設には、その始まりの物語があります。なぜ、この地に宿を開いたのか、どのような時代背景があったのかを探ることは、ブランドストーリーの根幹を形成する上で不可欠です。
まずは、創業当時の資料や記録を可能な限り収集しましょう。登記簿謄本、古い地図、設計図、当時の写真、パンフレット、新聞記事などが手がかりになります。もし創業者が健在であれば直接話を伺い、既に故人であれば、その方を知る古参のスタッフや地域の方々にヒアリングを行うことも有効です。
また、宿が建つ土地そのものの歴史や文化にも目を向けてみましょう。その土地が古くから持っていた意味、地域の人々にとってどのような場所であったかを知ることで、宿の存在意義がより深く、立体的に見えてきます。例えば、かつて宿場町として栄えた場所であれば旅人をもてなしてきた歴史が、温泉地であれば湯治文化との繋がりが、ストーリーに厚みを与えます。建物自体の変遷、増改築の歴史、それに伴うエピソードなども、独自の物語となり得ます。
これらの情報を丹念に集め、時系列に整理し、その背景にある想いや社会的な文脈と結びつけることで、単なる年表ではない、血の通った歴史物語が見えてくるはずです。
5.2 創業者やスタッフの想い 言葉に耳を傾ける
ブランドストーリーの核心には、常に「人」の想いがあります。創業者や経営者がどのような情熱や哲学を持って宿を始めたのか、そして今、スタッフ一人ひとりがどのような想いで日々お客様と向き合っているのか。その生の声に耳を傾けることが、共感を呼ぶストーリーの源泉となります。
定期的なミーティングや個別のインタビューを通じて、スタッフが仕事の中で大切にしている価値観、お客様への想い、仕事のやりがい、困難を乗り越えた経験などを丁寧にヒアリングしましょう。「なぜこの仕事を選んだのか」「この宿で働くことの誇りは何か」「お客様に最も提供したい価値は何か」といった問いかけが、彼らの内なる想いを引き出すきっかけになります。
特に、長年勤めているベテランスタッフの話には、宿の歴史や変遷、大切に受け継がれてきたおもてなしの心に関する貴重なエピソードが隠されていることが多いです。また、若手スタッフの新鮮な視点や、宿の未来にかける想いも、ストーリーに新たな彩りを加えます。
これらの「個人の物語」を集め、共通する価値観や目指す方向性を見出すことで、組織全体としての揺るぎない信念や、お客様に届けたい本質的なメッセージが明確になります。それは、マニュアル化されたサービスだけでは伝えきれない、温かみのあるブランドの個性を形作るでしょう。
5.3 地域社会との関わりや貢献活動を見つめ直す
多くの宿泊施設は、その地域社会と密接に関わりながら成り立っています。地域と共に歩んできた歴史や、地域への貢献は、ブランドストーリーに深みと信頼性を与える重要な要素です。
自社の活動を改めて見つめ直し、地域社会との繋がりを具体的に洗い出してみましょう。例えば、以下のような点が挙げられます。
- 地元の農家や漁師から直接仕入れた食材の使用
- 地域の伝統工芸品を客室や館内装飾に取り入れていること
- 地元のお祭りやイベントへの参加・協賛
- 地域住民の雇用創出への貢献
- 周辺の清掃活動や景観保全への取り組み
- 地域の歴史や文化を学ぶ体験プログラムの提供
これらの活動は、単なる事業活動の一部として捉えるだけでなく、「なぜ、その活動を行っているのか」という背景にある理念や想いまで掘り下げることが大切です。「地域の魅力を最大限に引き出し、お客様に伝えたい」「この素晴らしい地域を、次世代にも繋いでいきたい」といった想いが伝わることで、ストーリーはより感動的なものになります。
地域社会の一員としての自覚を持ち、その土地ならではの価値を尊重し、共に発展していこうとする姿勢を示すことは、お客様からの共感を得るだけでなく、地域住民からの応援にも繋がります。
5.4 お客様から寄せられた感動の声やエピソードを集める
ブランドストーリーは、宿側だけで作り上げるものではありません。実際にご利用いただいたお客様が、何に価値を感じ、どのような体験に心を動かされたのか。そのリアルな声こそが、最も説得力のあるストーリーのピースとなります。
お客様アンケート、予約サイトや旅行比較サイトのレビュー、SNSへの投稿、お客様から直接いただいた手紙やメールなど、様々なチャネルから寄せられる声を丁寧に収集・分析しましょう。単に評価の点数や良かった点だけでなく、「どのような状況で」「何がきっかけで」「どのように感じたのか」といった具体的なエピソードに着目することが重要です。
例えば、「スタッフの何気ない一言に励まされた」「記念日のお祝いに感動した」「予期せぬトラブルに親身に対応してくれた」「ここでしか味わえない特別な体験ができた」といった具体的なエピソードは、宿が提供する価値や、おもてなしの心がお客様にどのように届いているかを雄弁に物語ります。
また、スタッフがお客様とのやり取りの中で見聞きした心温まるエピソードや、印象に残っている出来事を共有する場を設けることも有効です。これらの「現場の声」には、データだけでは見えてこない、人間味あふれるストーリーの種が隠されています。
集めたお客様の声を整理し、共通して評価されている点や、特に感動を呼んでいるポイントを把握することで、自社の強みや提供すべき価値がより明確になります。そして、それらのエピソードを、許可を得た上でブランドストーリーの中に織り交ぜていくことで、リアリティと共感性の高い物語を紡ぐことができるでしょう。
6. まとめ
宿泊施設のブランドストーリーは、単なる施設の紹介を超え、顧客の心を深く動かし、選ばれるための強力な武器となります。星野リゾートや帝国ホテルのように、創業者の情熱、地域文化との結びつき、困難を乗り越えた経験、独自のコンセプト、そして顧客への真摯な想いが織り込まれた物語は、強い共感を呼びます。自社の歴史や背景、スタッフやお客様とのエピソードの中に、必ず独自の価値ある物語が眠っています。その物語を発見し、丁寧に紡ぐことが、顧客との揺るぎない絆を築き、長く愛される宿となる鍵なのです。