宿泊業界の激しい価格競争から抜け出し、独自の価値で顧客に選ばれたいとお考えですか?この記事を読めば、競争のない市場を創造する「ブルーオーシャンシフト」の思考法、具体的な実践ステップ、星野リゾートなど国内成功事例が分かります。価格競争から脱却し、持続的に成長するための「価値創造」の秘訣を学び、選ばれる宿になる方法を掴みましょう。

1. はじめに なぜ今 宿泊施設のブルーオーシャンシフトが注目されるのか

日本の宿泊業界は、今、大きな転換期を迎えています。長引いたコロナ禍の影響から徐々に回復の兆しが見え、インバウンド需要も力強く戻りつつあります。しかし、その一方で、多くの宿泊施設が依然として厳しい競争環境に置かれているのも事実です。特に、オンライン・トラベル・エージェント(OTA)への依存度の高まりは、熾烈な価格競争と手数料負担の増加を招き、利益率を圧迫する大きな要因となっています。

さらに、施設のコモディティ化、つまり他施設との差別化が難しくなり、価格以外で「選ばれる理由」を見出しにくくなっている現状もあります。人手不足や光熱費・仕入れコストの高騰といった運営コストの上昇も、経営に重くのしかかっています。このような状況下で、従来の延長線上にある戦略だけでは、持続的な成長はおろか、生き残ることさえ困難になりつつあります。

こうした閉塞感を打破し、新たな成長軌道を描くための経営戦略として、今まさに注目を集めているのが「ブルーオーシャンシフト」です。これは、競争の激しい既存市場(レッドオーシャン)から脱却し、競争のない未開拓の市場空間(ブルーオーシャン)を創造することを目指す考え方です。価格競争に身を投じるのではなく、独自の価値を提供することでお客様に選ばれ、高い収益性を実現する。このブルーオーシャンシフトこそが、多くの宿泊施設が直面する課題を乗り越え、未来を切り拓くための鍵となるのです。

1.1 コロナ禍を経て変化する宿泊業界の構造

新型コロナウイルス感染症の世界的な流行は、宿泊業界に未曾有の影響を与えました。移動制限やインバウンド需要の蒸発により、多くの施設が苦境に立たされました。しかし、この困難な時期を経て、業界の構造や顧客のニーズにも大きな変化が生まれています。

国内旅行においては、マイクロツーリズムやワーケーションといった新しい旅のスタイルが定着しつつあります。また、感染対策意識の高まりから、プライベート空間を重視する傾向や、より安全・安心な滞在を求める声も強くなっています。インバウンド需要が回復する中にあっても、こうした国内顧客の変化に対応していくことは不可欠です。

さらに、非接触チェックインシステムやAIを活用した顧客対応など、デジタル技術の導入が急速に進みました。これにより業務効率化が進む一方、顧客との接点もオンラインへとシフトし、デジタルマーケティングやオンラインでの評判管理の重要性が一層高まっています。こうした構造変化に適応できない施設は、取り残されてしまうリスクがあります。

1.2 深刻化する価格競争と利益率の低下

宿泊業界における長年の課題である価格競争は、近年さらに深刻化しています。その大きな要因の一つが、OTAプラットフォームへの高い依存度です。多くの宿泊施設が集客をOTAに頼ることで、プラットフォーム内での価格競争が激化し、自施設の価格決定権が制限されるケースも少なくありません。結果として、宿泊料金の低下圧力に常にさらされることになります。

また、送客手数料の負担も経営を圧迫します。集客をOTAに依存すればするほど、売上に対する手数料の割合が増加し、利益率が低下するというジレンマに陥りがちです。さらに、周辺の競合施設との差別化が図れず、設備やサービスが同質化してしまうと、顧客は価格でしか施設を選ばなくなり、消耗戦から抜け出せなくなります。この負のスパイラルから脱却することが、喫緊の課題となっています。

1.3 顧客ニーズの多様化と「選ばれる理由」の変化

現代の旅行者は、単に宿泊する場所を求めているだけではありません。物質的な豊かさよりも、そこでしか得られない特別な体験や感動といった「コト消費」を重視する傾向が強まっています。美しい景色、美味しい食事といった基本的な要素に加え、地域文化との触れ合い、学びや自己成長につながるアクティビティ、心に残るおもてなしなど、付加価値の高い体験が求められています。

画一的なサービスではなく、個々の顧客の好みやニーズに合わせたパーソナライズされた対応も重要度を増しています。誕生日や記念日への配慮、アレルギー対応、趣味嗜好に合わせた情報提供など、きめ細やかな心遣いが顧客満足度を大きく左右します。

加えて、環境問題や社会課題への関心の高まりから、サステナビリティ(持続可能性)を意識した宿泊施設を選ぶ旅行者も増えています。省エネルギーへの取り組み、プラスチック削減、地産地消の推進、地域コミュニティへの貢献といった姿勢が、新たな「選ばれる理由」となりつつあるのです。こうした多様化するニーズにいかに応え、独自の魅力を打ち出せるかが問われています。

1.4 ブルーオーシャンシフトがもたらす希望

このような厳しい環境と変化の中にあって、ブルーオーシャンシフトは宿泊施設にとって大きな希望となります。既存のルールの中で競い合うのではなく、自ら新しい市場ルールを創り出し、競争自体を無意味化することを目指すからです。

ブルーオーシャンシフトを実践することで、価格競争から脱却し、独自の価値で選ばれる存在へと転換できます。他にはない魅力的な体験やサービスを提供することで、価格に左右されない顧客層を獲得し、安定した収益基盤を築くことが可能になります。

これは、単に利益を追求するだけでなく、持続可能な成長と収益性向上への道筋を示すものです。従業員の働きがい向上や、地域経済への貢献にもつながり、施設を取り巻くすべてのステークホルダーにとって好ましい状況を生み出す可能性を秘めています。

さらに、成功事例は業界全体に刺激を与え、新しい市場を創造し、業界全体の活性化に貢献することも期待されます。旧態依然とした競争から抜け出し、イノベーションを通じて新たな価値を生み出す。ブルーオーシャンシフトは、まさに日本の宿泊業界の未来を明るく照らす戦略と言えるでしょう。

本記事では、このブルーオーシャンシフトの考え方を宿泊業界に当てはめ、その具体的な実践方法や成功事例を詳しく解説していきます。価格競争に疲弊することなく、「選ばれる宿」であり続けるためのヒントが、きっと見つかるはずです。

2. 宿泊業界におけるブルーオーシャンシフトとは何か

今日の宿泊業界は、オンライン旅行会社(OTA)の台頭や新規参入者の増加により、かつてないほどの競争激化に直面しています。多くの施設が価格競争や同質化の波に飲み込まれ、利益率の低下やブランド価値の毀損といった課題を抱えています。このような厳しい状況下で、持続的な成長と収益性を確保するための新たな戦略として注目されているのが「ブルーオーシャンシフト」です。

ブルーオーシャンシフトとは、既存の競争が激しい市場(レッドオーシャン)から脱却し、競争のない未開拓の市場空間(ブルーオーシャン)を創造し、そこへ移行することを目指す経営戦略です。単なる差別化やニッチ市場の開拓とは異なり、業界の常識や既存の境界線を打ち破り、新しい価値を提供することで、これまで顧客でなかった層を取り込み、高収益と成長を同時に実現することを目指します。本章では、このブルーオーシャンシフトの基本的な考え方と、宿泊業界においてどのような意味を持つのかを詳しく解説します。

2.1 レッドオーシャンとブルーオーシャンの違い

まず、ブルーオーシャンシフトを理解する上で欠かせないのが、「レッドオーシャン」と「ブルーオーシャン」という二つの市場概念の違いです。これらを対比することで、ブルーオーシャンシフトが目指す方向性がより明確になります。

「レッドオーシャン」とは、既存の市場空間を指します。ここでは、業界の境界線が明確に定義され、競争ルールも確立されています。企業は既存の需要の中でシェアを奪い合うため、激しい競争が繰り広げられ、しばしば血みどろの戦い(=レッドオーシャン)となります。宿泊業界で言えば、特定のエリア内で似たような価格帯やサービスを提供するホテル同士が、OTA上で割引率を競い合ったり、口コミ評価を少しでも上げようと鎬を削ったりしている状況が典型的なレッドオーシャンです。

一方、「ブルーオーシャン」とは、現在存在しない、未開拓の市場空間を指します。そこには競争相手がおらず、需要は新たに「創造」されるものです。ブルーオーシャンでは、競争を無意味化するような新しい価値を提供することで、高い収益性と成長性が期待できます。これは、単に誰もいない場所を探すということではありません。既存の業界構造や常識にとらわれず、顧客にとって本当に重要な価値は何かを見極め、業界の境界線を再定義することで、新たな市場空間を切り拓くアプローチです。例えば、単に寝る場所を提供するだけでなく、特定の趣味やライフスタイルに特化した体験を提供する、あるいはテクノロジーを活用して全く新しい宿泊体験を創造するといったことが、ブルーオーシャンへの道筋となり得ます。

2.2 価格競争から価値創造への転換

レッドオーシャンにおける競争の主な手段は、多くの場合「価格」です。他社よりも少しでも安い価格を提示することで顧客を引きつけようとしますが、これは利益率の低下を招き、消耗戦に陥りやすいという大きな問題を抱えています。また、価格競争はサービスの質やブランドイメージの低下にも繋がりかねません。

ブルーオーシャンシフトは、このような価格競争の呪縛から脱却し、「価値創造(バリューイノベーション)」へと舵を切ることを目指します。バリューイノベーションとは、顧客にとっての価値(バリュー)を高めながら、同時にコストを削減するという、従来はトレードオフの関係にあると考えられてきた二つの要素を両立させる革新的なアプローチです。単に他社と違うことをする「差別化」だけでは不十分であり、その違いが顧客にとって明確な価値向上に繋がり、かつコスト構造にも変革をもたらすことが重要となります。

宿泊施設においては、単に設備を豪華にしたり、アメニティを充実させたりするだけが価値創造ではありません。顧客が本当に求めている体験や解決したい課題に着目し、業界の常識にとらわれずに新しいサービスや仕組みを創り出すことが求められます。例えば、睡眠の質に徹底的にこだわった空間を提供する、地域の文化や自然と深く触れ合えるプログラムを用意する、あるいはワーケーションに最適化された環境とコミュニティを提供するなど、独自の価値提案によって、価格以外の強力な選択理由を顧客に提示すること。これが、宿泊業界におけるブルーオーシャンシフトの核心であり、持続的な成功への鍵となります。

3. 多くの宿泊施設が陥るレッドオーシャン 価格競争の現状と課題

日本の観光産業、特に宿泊業界は、国内外からの旅行者増加という明るい側面を持つ一方で、多くの施設が熾烈な競争環境、すなわち「レッドオーシャン」に直面しています。新しいホテルや旅館が次々と開業し、既存施設との間で顧客獲得競争が激化。その結果、最も陥りやすいのが消耗的な「価格競争」です。ここでは、多くの宿泊施設が苦しむレッドオーシャンの具体的な現状と、それがもたらす深刻な課題について掘り下げていきます。

3.1 OTA依存と手数料競争のジレンマ

現代の宿泊予約において、楽天トラベルやじゃらんnetといったOTA(Online Travel Agent)の存在は無視できません。多くの宿泊施設にとって、OTAは集客の柱であり、高い稼働率を維持するための重要なパートナーです。しかし、その利便性の裏側で、深刻な「OTA依存」という課題が浮き彫りになっています。

OTAプラットフォーム上では、近隣の競合施設と常に比較され、検索結果で上位に表示されるため、あるいは単純に予約を獲得するために、価格を引き下げざるを得ない状況が常態化しています。特にセール時期や閑散期には、他施設の値下げに追随する形で価格競争がエスカレートしがちです。これは、短期的な集客には繋がるかもしれませんが、中長期的には施設の収益性を著しく悪化させます。

さらに、OTA経由の予約には、決して低くない送客手数料が発生します。一般的に予約金額の10%から15%以上とも言われるこの手数料は、価格競争によって低下した売上からさらに差し引かれるため、施設の利益を大きく圧迫します。手数料を抑えるために自社予約サイトへ誘導しようとしても、OTAの圧倒的な集客力と利便性の前には容易ではありません。結果として、「集客のためにOTAに頼らざるを得ないが、頼れば頼るほど手数料で利益が削られる」というジレンマに陥ってしまうのです。この構造は、宿泊施設が主体的に価格戦略やブランディングを行うことを困難にし、経営の自由度を奪う一因ともなっています。

また、OTAに依存することで、顧客データを直接把握しにくくなるという問題もあります。顧客の詳細な属性や予約履歴、滞在中のフィードバックといった貴重な情報を自社で蓄積・活用できなければ、リピーター育成やパーソナライズされたサービスの提供が難しくなり、結果的に顧客との長期的な関係構築の機会を失うことにも繋がります。

3.2 同質化による魅力の低下

価格競争が激化するレッドオーシャンでは、もう一つの深刻な問題、「同質化」が進行します。価格で勝負しようとすると、コスト削減が優先され、結果的に提供できるサービスや設備が似通ってきてしまうのです。例えば、朝食の内容、アメニティの種類、客室のデザインなどが、どの施設も大差ないものになりがちです。

多くの施設が「最低価格保証」や「最安値」を謳うようになると、顧客は「安さ」以外の基準で宿泊施設を選びにくくなります。その結果、施設が本来持っているはずの独自の魅力やこだわり、例えば、心のこもったおもてなし、地域文化を体験できるアクティビティ、特別な空間デザインといった価値が顧客に伝わりにくくなり、埋もれてしまいます。

同質化が進むと、施設ごとの個性が失われ、ブランドイメージの構築も極めて困難になります。「〇〇ホテルだから泊まりたい」という指名予約ではなく、「その地域で一番安いから」という理由で選ばれることが増えれば、顧客ロイヤルティは育ちません。これは、リピート率の低下や、口コミ・レビュー評価の伸び悩みにも繋がる可能性があります。

さらに、価格競争と同質化は、従業員のモチベーション低下を招くこともあります。利益が出にくい状況では、従業員の待遇改善や教育投資が後回しにされがちです。また、価格以外の価値を提供しにくい環境では、仕事への誇りややりがいを感じにくくなるかもしれません。結果として、サービスの質の低下や離職率の増加といった問題を引き起こし、さらなる競争力の低下を招くという悪循環に陥る危険性もはらんでいます。

このように、OTA依存による手数料競争と同質化による魅力の低下は、多くの宿泊施設が直面するレッドオーシャンの深刻な課題です。この厳しい現状から脱却し、持続的な成長を実現するためには、価格競争とは異なる次元で顧客に価値を提供する「ブルーオーシャンシフト」の発想が不可欠となるのです。

4. ブルーオーシャンシフトを実現する思考法とフレームワーク

価格競争が激化するレッドオーシャンから抜け出し、新たな市場価値を創造するブルーオーシャンシフト。これを実現するためには、既存の競争ルールにとらわれない新しい思考法と、それを具体的な戦略に落とし込むためのフレームワークが不可欠です。ここでは、ブルーオーシャン戦略の中核をなす考え方と、実践的な分析・構築ツールについて詳しく解説します。

4.1 バリューイノベーション 価値とコストの壁を打ち破る

ブルーオーシャン戦略の根幹をなすコンセプトが「バリューイノベーション」です。これは、単に競合より優れたものを提供する「価値向上」だけでも、コストを切り詰める「コスト削減」だけでもありません。「買い手にとっての価値(バリュー)を高めながら、同時にコストを削減する」という、一見矛盾する二つの要素を両立させることを目指す革新的なアプローチです。

従来の戦略論では、高い価値を提供するには高いコストがかかり、低コストを実現するには価値を犠牲にしなければならないというトレードオフの関係が常識とされてきました。しかし、バリューイノベーションでは、この業界の常識や既存のトレードオフを疑い、打ち破ることから始まります。顧客が本当に求めている価値は何かを見極め、そこに経営資源を集中させる。一方で、顧客価値への貢献度が低い、あるいは業界の慣習として提供されているだけの要素については、大胆に削減または廃止する。このメリハリによって、価値向上とコスト削減の同時実現が可能になるのです。

宿泊施設においては、例えば、豪華絢爛なロビーや過剰なアメニティにかかるコストを削減し、その分、他では味わえない特別な体験プログラムや、心に残るパーソナルなおもてなしに投資するといった転換が考えられます。バリューイノベーションは、競争の土俵そのものを変え、模倣困難な独自のポジションを築くための原動力となります。

4.2 戦略キャンバスで現状を分析する

ブルーオーシャンシフトの第一歩は、自社が現在どのような競争環境に置かれているのかを客観的に把握することです。そのために用いられる強力な分析ツールが「戦略キャンバス」です。

戦略キャンバスは、横軸に業界内で企業が競争している主要な「競争要因」(例:価格、客室の広さ、食事の質、立地、サービスの質、ブランドイメージ、予約のしやすさなど)をリストアップします。そして縦軸に、それぞれの競争要因に対して企業がどれだけ「投資レベル(提供レベル)」を設けているかを示します。各要因の投資レベルを結びつけた線が、その企業の「価値曲線」となります。

このキャンバス上に、自社だけでなく、主要な競合他社や業界平均の価値曲線を描き込むことで、以下のような点が視覚的に明らかになります。

  • 業界全体がどのような要因に重点を置いて競争しているのか
  • 自社と競合の戦略がどれほど似通っているか(レッドオーシャンの特徴)
  • 業界内で暗黙の了解となっている標準的な提供レベルは何か
  • 顧客セグメントごとに価値曲線に違いはあるか

例えば、多くの宿泊施設が「価格」「客室の標準設備」「OTAでの露出」といった要因で類似した高い投資レベルを示している場合、そこが激しい競争の場(レッドオーシャン)であることが一目瞭然となります。戦略キャンバスは、自社の現在地と業界の競争構造を冷静に分析し、ブルーオーシャンを創造するための出発点となる重要なツールです。

4.3 ERRCグリッド 新しい価値曲線の描き方

戦略キャンバスによって現状の競争状況と自社のポジショニングを把握したら、次はいよいよ新しい価値曲線をデザインするステップに進みます。ここで活用されるのが「ERRC(エルク)グリッド」と呼ばれるアクション・フレームワークです。ERRCは、以下の4つの問いかけを通じて、既存の価値曲線を打破し、バリューイノベーションを実現するための具体的なアクションを導き出します。

ERRCグリッドは、戦略キャンバス上で分析した各競争要因に対して、「取り除く(Eliminate)」「減らす(Reduce)」「増やす(Raise)」「付け加える(Create)」という4つの視点から見直しを行うことで、メリハリの効いた新しい価値提案を生み出すことを目的としています。

4.3.1 Eliminate 取り除くべき要素

「業界常識として長年提供されてきたが、もはや顧客にとって価値がない、あるいはむしろ負担になっている要素は何か?」を問いかけ、それらを大胆に取り除くアクションです。これは、コスト削減に直結するだけでなく、ビジネスモデルをシンプルにし、顧客の利便性を向上させる効果も期待できます。

宿泊施設における例としては、以下のようなものが考えられます。

  • 利用率の低いルームサービスの一部または全部
  • 過剰包装のアメニティグッズ
  • 形式的で時間のかかるチェックイン・チェックアウト手続き(セルフ化やオンライン化で代替)
  • ほとんど使われない共用施設(例:小規模なビジネスセンター)

「当たり前」を疑い、本当に必要なものだけを残すという視点が重要です。取り除くことで、他の重要な要素へ資源を再配分することが可能になります。

4.3.2 Reduce 減らすべき要素

「業界標準に合わせて過剰に投資・提供されているが、顧客価値への貢献度が低い要素は何か?」を問いかけ、その投資レベルを業界標準以下に引き下げるアクションです。完全に取り除く必要はないものの、現状維持するほどの価値はないと判断される要素が対象となります。

宿泊施設における例としては、以下のようなものが考えられます。

  • 客室タイプのバリエーション(管理コストを考慮し、ニーズの高いタイプに絞る)
  • レストランのメニュー数(多すぎると食材ロスや調理負担が増えるため、質を高めて絞り込む)
  • フロントデスクの常駐スタッフ数(ピーク時以外は、ITツール活用などで効率化を図る)
  • 過度に広すぎる客室(ターゲット顧客によっては不要な場合も)

「より少なく、しかしより良く」の原則に基づき、コストを削減しつつ、顧客満足度を損なわない、あるいはむしろ向上させるバランス点を見つけることが求められます。削減によって生まれた余力を、次に述べる「増やす」「付け加える」要素に振り向けることができます。

4.3.3 Raise 増やすべき要素

「業界標準レベル以上に、顧客が真に価値を感じる要素は何か?」を問いかけ、その投資レベルを大胆に引き上げるアクションです。競合他社が見過ごしている、あるいは十分に提供できていない顧客ニーズに応えることで、明確な差別化と高い付加価値を実現することを目指します。

宿泊施設における例としては、以下のようなものが考えられます。

  • 特定のテーマ性(例:ウェルネス、アート、美食、歴史体験)の追求と、それに伴う空間デザインやプログラムの充実
  • 地域文化や地元食材との連携強化(例:地元の職人によるワークショップ、希少な地元食材を使った料理)
  • パーソナライズされたおもてなし(例:顧客の事前情報に基づいたサプライズ、コンシェルジュ機能の強化)
  • 睡眠の質の向上(例:高品質な寝具、静音性、遮光性への投資)
  • ユニークで記憶に残るデザインや建築

自社の強みや独自性を活かせる領域であり、顧客ロイヤルティを高める上で非常に重要なアクションです。どこを「増やす」かによって、その宿泊施設の個性が際立ちます。

4.3.4 Create 創造すべき要素

「これまで業界が提供してこなかった、全く新しい価値を持つ要素は何か?」を問いかけ、それを新たに創造するアクションです。これはERRCの中で最も革新的であり、ブルーオーシャンを切り開くための鍵となる要素です。既存の顧客だけでなく、これまで業界の顧客ではなかった「非顧客」を引きつける可能性も秘めています。

宿泊施設における例としては、以下のようなものが考えられます。

  • 宿泊者以外も利用できる魅力的なカフェやバー、コワーキングスペースの併設による地域コミュニティ拠点化
  • 特定の趣味やライフスタイルに特化した全く新しい宿泊プランや施設の開発(例:本格的なeスポーツ設備を備えたホテル、ペットと飼い主のためのウェルネスプログラム)
  • 最新テクノロジーを活用した新しい顧客体験(例:スマートロック、客室でのVR観光体験、AIコンシェルジュ)
  • 地域住民や専門家を巻き込んだユニークなイベントやワークショップの定期開催
  • サステナビリティを核とした運営と、それを体験できるプログラムの提供

既存の「宿泊業」の枠にとらわれず、自由な発想で新しい市場や顧客体験を定義することが求められます。これが成功すれば、競合のいない新しい市場空間(ブルーオーシャン)でのビジネス展開が可能になります。

これらのERRCの4つのアクションをバランスよく組み合わせることで、戦略キャンバス上に他社とは全く異なる、メリハリの効いた新しい価値曲線を描くことができます。これが、ブルーオーシャンシフトを実現するための具体的な戦略の骨格となるのです。

5. 宿泊施設がブルーオーシャンシフトを実践する具体的なステップ

宿泊業界を取り巻く環境が厳しさを増す中、従来の価格競争から脱却し、新たな価値を創造するブルーオーシャンシフトは、持続的な成長を目指す上で不可欠な戦略です。ここでは、その具体的な実践ステップを解説します。抽象的な概念を具体的な行動計画に落とし込み、「選ばれる宿」へと変革するためのロードマップを描きましょう。

5.1 自社の強みと市場の再定義

ブルーオーシャンシフトの第一歩は、自社の現状を深く理解することから始まります。まずは、SWOT分析(強み・弱み・機会・脅威)などを活用し、自社の持つ独自の資源や能力(アセット)を徹底的に棚卸ししましょう。それは、恵まれた自然環境や歴史的な建造物といった有形資産かもしれませんし、長年培ってきたおもてなしのノウハウや特定のスキルを持つ人材といった無形資産かもしれません。

次に重要なのが「市場の再定義」です。現在、自社が属していると考えている「宿泊市場」の境界線を疑ってみましょう。例えば、「単に寝る場所を提供する」のではなく、「地域の文化を深く体験できる拠点」「心身をリフレッシュするウェルネス空間」「新たな学びや交流が生まれるコミュニティハブ」といったように、提供価値の視点から市場を再定義することで、競争相手のいない新しい市場空間(ブルーオーシャン)が見えてくる可能性があります。

この際、既存の業界常識や固定観念にとらわれず、顧客が本当に求めているものは何か、自社が貢献できる独自の価値は何か、という本質的な問いに向き合うことが重要です。

5.2 ターゲット顧客の見直し 非顧客層へのアプローチ

既存の顧客層を維持・深耕することも大切ですが、ブルーオーシャンを切り拓くためには、これまで自社のサービスを利用してこなかった「非顧客」に目を向けることが極めて重要です。

ブルーオーシャン戦略では、非顧客を以下の3つの層に分類して考えます。

  1. 第1層:既存市場の境界線上にいる「もうすぐ非顧客」(より良い代替サービスがあればすぐに乗り換える層)
  2. 第2層:意図的に自社の市場を選ばない「拒絶型非顧客」(既存のサービスが自分のニーズに合わない、あるいは高すぎると感じている層)
  3. 第3層:自社の市場とは無関係と考えられている「未開拓非顧客」(これまで誰もターゲットとして考えてこなかった層)

これらの非顧客層が、なぜ今まで自社や競合のサービスを選ばなかったのか、その理由(満たされていないニーズ、抱えている不満や課題、価値観の違いなど)を深く掘り下げて理解します。アンケート調査、インタビュー、行動観察などを通じて、非顧客のインサイト(深層心理)を掴むことが、新しい価値提案のヒントとなります。

非顧客のニーズが見えてきたら、従来のペルソナ設定を見直し、新たなターゲット顧客像を明確に定義します。これにより、誰に対してどのような価値を提供するのか、戦略の方向性が定まります。

5.3 独自の提供価値 バリュープロポジションの策定

自社の強み、再定義した市場、そして新たなターゲット顧客(非顧客層を含む)が見えてきたら、次に行うべきは「独自の提供価値(バリュープロポジション)」の策定です。これは、「なぜ顧客は競合ではなく自社を選ぶべきなのか」という問いに対する明確な答えであり、ブルーオーシャン戦略の核となります。

前章で触れた「ERRCグリッド」を活用し、業界の常識となっている要素のうち、「取り除く(Eliminate)」「減らす(Reduce)」べきもの、そして「増やす(Raise)」「新たに創造する(Create)」べきものを具体的に特定します。これにより、コストを削減しながら顧客にとっての新しい価値を高める「バリューイノベーション」を実現し、競合とは全く異なる新しい価値曲線を描くことを目指します。

例えば、「豪華な設備は減らす代わりに、地域住民との交流プログラムを創造する」「画一的なアメニティを取り除く代わりに、地元の職人が作ったこだわりの品を提供する」といった具体策が考えられます。重要なのは、単なる差別化ではなく、顧客にとって真に意味のある、支払う対価以上の価値を提供することです。この独自の価値提案を、簡潔かつ魅力的な言葉で表現し、組織内外に明確に伝えていく必要があります。

5.4 新しい体験やサービスの創造

策定したバリュープロポジションを具現化するために、具体的な体験やサービスを創造していきます。ここでは、単なる思いつきではなく、定義したターゲット顧客のニーズと自社の強みを掛け合わせ、独自の価値を提供できるかという視点が重要になります。

5.4.1 体験型コンテンツの導入

現代の旅行者は、モノ消費からコト消費へ、さらに「トキ消費」「イミ消費」へと価値観がシフトしています。単に宿泊するだけでなく、そこでしかできない、記憶に残る「体験」を求めています。

例えば、以下のような体験型コンテンツが考えられます。

  • 文化体験: 地域の伝統工芸(例:益子焼の陶芸体験、京友禅の染物体験)、祭りや伝統行事への参加、地元ガイドによる歴史散策ツアー
  • 自然体験: 満天の星空を眺めるナイトツアー、地元の農家と連携した収穫体験、専門家と行く森林セラピーウォーク、カヌーやSUPなどのアクティビティ
  • 食体験: 地元食材を使った料理教室、蔵元と連携した日本酒のテイスティングセミナー、猟師と行くジビエ体験
  • ウェルネス体験: 温泉療法を取り入れた湯治プログラム、ヨガや瞑想のリトリート、パーソナライズされたスパトリートメント

これらのコンテンツは、五感を刺激し、ゲストが能動的に参加・没入できるような工夫を凝らすことで、より深い満足感と感動を与えることができます。

5.4.2 地域資源との連携強化

宿泊施設が単独で全ての価値を提供するのではなく、地域全体を「一つの大きなデスティネーション」として捉え、多様な地域資源と連携することで、提供価値の幅と深みを格段に向上させることができます。

地元の生産者(農家、漁師、酪農家)、職人、飲食店、小売店、観光施設、交通事業者など、地域の様々なプレイヤーとのパートナーシップを積極的に構築しましょう。

具体的な連携例としては、以下のようなものが挙げられます。

  • 食材・産品の活用: レストランでの地元食材の積極的な使用、客室アメニティやギフトショップでの地域産品の採用、生産者を招いた食事会イベントの開催
  • 共同でのプロモーション: 地域内の複数施設が連携した周遊プランの開発、共同でのイベント開催(マルシェ、祭りなど)、共通マップやガイドブックの作成
  • 人材交流・ノウハウ共有: 地域事業者向けの勉強会や交流会の開催、インターンシップの受け入れ
  • ストーリーテリング: 地域の歴史や文化、人の魅力を掘り起こし、ウェブサイトやSNS、館内表示などで積極的に発信する

こうした連携は、宿泊施設自身の魅力を高めるだけでなく、地域経済の活性化にも貢献し、持続可能な関係性を築くことにつながります。

5.4.3 テクノロジーを活用した効率化と体験向上

デジタル技術の活用は、ブルーオーシャンシフトを加速させるための有効な手段です。ただし、テクノロジー導入自体が目的ではなく、あくまで「コスト削減」と「顧客体験向上」のためのツールであるという認識が重要です。

効率化の側面では、以下のような活用が考えられます。

  • 予約・管理システム: PMS(宿泊管理システム)とサイトコントローラー、CRM(顧客関係管理)システム連携による予約管理・顧客情報管理の一元化と効率化
  • フロント業務: スマートチェックイン・チェックアウトシステムの導入、AIチャットボットによる24時間問い合わせ対応
  • 客室管理: スマートロックによる鍵の管理、清掃管理アプリの導入による効率化
  • バックオフィス業務: クラウド会計ソフトや勤怠管理システムの導入

これらの効率化によって生まれた人的・時間的リソースを、より付加価値の高い、人間ならではのおもてなしや新しい体験の創造に振り向けることが重要です。

顧客体験向上の側面では、以下のような活用が考えられます。

  • パーソナライズ: 収集した顧客データを分析し、個々の嗜好に合わせた情報提供やサービス提案(レコメンデーション)
  • 客室のスマート化: スマートスピーカーによる各種操作(照明、空調、音楽再生)、タブレット端末による館内案内やルームサービス注文
  • 情報発信: VR/AR技術を活用した施設や周辺情報の魅力的な紹介、多言語対応のデジタルサイネージ
  • コミュニケーション: 滞在中のゲストとの円滑なコミュニケーションをサポートする専用アプリ

テクノロジーを活用する際は、その導入が本当に顧客価値向上につながるのか、費用対効果は見合うのかを慎重に検討する必要があります。また、デジタル化を進める中でも、温かみのある人的サービス(ヒューマンタッチ)とのバランスを保ち、テクノロジーが人の仕事を奪うのではなく、より良いサービス提供を支援するものであるという視点を忘れないようにしましょう。

6. 国内成功事例に学ぶ 宿泊施設のブルーオーシャンシフト実践例

理論だけでなく、実際にブルーオーシャンシフトを成功させた国内の宿泊施設の事例を見ていきましょう。これらの事例は、価格競争から脱却し、独自の価値を提供することで顧客から選ばれる存在になるための具体的なヒントを与えてくれます。自社の状況に合わせて応用できるポイントを見つけ出すことが重要です。

6.1 星野リゾート 非日常体験の創造と圧倒的ブランド力

日本の宿泊業界におけるブルーオーシャン戦略の代表格として、星野リゾートの存在は欠かせません。「星のや」「界」「リゾナーレ」「OMO」「BEB」といった多様なブランドを展開し、それぞれ明確なコンセプトとターゲット顧客を設定しています。彼らは単に宿泊施設を提供するのではなく、「旅の目的」となるような圧倒的な非日常体験や、その土地ならではの文化に根差した滞在価値を創造することに注力しています。例えば、「星のや」では、各施設が立地する土地の魅力を最大限に引き出し、現代的な快適性と融合させた唯一無二の空間と時間を提供。価格競争とは一線を画し、高い顧客満足度とブランドロイヤリティを確立しています。これは、徹底した市場分析と顧客理解に基づき、既存の競争軸から離れた新しい価値提案(バリューイノベーション)を実現した典型的な成功例と言えるでしょう。

6.2 コンセプト特化型ホテル ニッチ市場の開拓事例

特定のテーマやコンセプトに特化することで、新たな市場を切り拓いている宿泊施設も増えています。これは、マス市場ではなく、特定の興味や関心を持つニッチな顧客層に深く響く価値を提供することで、競争の少ないブルーオーシャンを創出する戦略です。ターゲットを絞り込むことで、施設のデザイン、サービス、アメニティ、体験プログラムなどを一貫性のあるものにし、顧客の期待を超える満足感を提供することが可能になります。

6.2.1 例 ブックホテルやアートホテルなど

例えば、「泊まれる本屋」をコンセプトにしたブックホテルでは、膨大な数の本に囲まれて眠りにつくという、本好きにはたまらない体験を提供します。単に本が置いてあるだけでなく、選書のセンスや空間デザイン、静かに読書に没頭できる環境づくりなど、「本を読む」という体験価値を最大化するための工夫が凝らされています。同様に、アートホテルでは、館内全体がギャラリーのようになっており、著名なアーティストや新進気鋭のクリエイターの作品を鑑賞しながら滞在できます。客室自体がアート作品の一部となっている施設もあり、宿泊を通じてアートに触れるという非日常的な体験が、感度の高い顧客層を引きつけています。これらのホテルは、従来の宿泊施設の枠を超え、特定の文化や趣味を核としたコミュニティ形成の場としても機能し始めています。

6.3 地域密着型宿泊施設 独自のコミュニティ形成

都市部の大型ホテルや全国チェーンとは異なり、その地域ならではの資源や文化、人々とのつながりを前面に打ち出すことで、独自のポジションを確立している宿泊施設もブルーオーシャンシフトの実践例です。これらの施設は、地域コミュニティのハブとしての役割を担い、宿泊客と地域住民、あるいは宿泊客同士の交流を促進することで、他にはない温かみのある滞在体験を提供しています。単なる宿泊場所ではなく、「その土地の日常に触れられる場所」「人と繋がれる場所」としての価値を創造しているのです。

6.3.1 例 地元食材へのこだわりや交流イベント

具体的な取り組みとしては、地元で採れた旬の食材をふんだんに使用した料理の提供が挙げられます。生産者の顔が見える食材や、その土地でしか味わえない郷土料理は、食にこだわる顧客にとって大きな魅力となります。また、地元住民も参加する交流イベントやワークショップ、地域文化を体験できるツアーなどを企画・開催することで、宿泊客はより深くその土地を知り、人々と触れ合う機会を得られます。こうした取り組みを通じて生まれる地域との一体感や、アットホームな雰囲気は、大手ホテルでは得難い価値となり、リピーター獲得や口コミによる新規顧客獲得に繋がっています。

6.4 既存施設の再生 リノベーションによる価値向上

新築だけでなく、既存の古い施設や稼働率の低下に悩む施設を、ブルーオーシャン戦略の視点で見直し、リノベーションによって新たな価値を吹き込む動きも活発です。これは、単に建物を綺麗にするだけでなく、時代のニーズや変化する顧客の価値観に合わせて、施設のコンセプトそのものを再定義し、新たな体験価値を付加する取り組みです。建物の持つ歴史やストーリー、立地特性などを活かしつつ、現代的なデザインや機能、独自のサービスを融合させることで、競争の激しい市場から抜け出し、新たな顧客層を獲得することを目指します。

例えば、歴史ある古民家を改装し、趣のある雰囲気はそのままに、快適な滞在ができる設備や洗練されたサービスを提供する宿。あるいは、使われなくなった保養所や企業の寮などを、特定の趣味(例えば、サイクリング、釣り、天体観測など)に特化したアクティビティ拠点として再生するケースなどがあります。これらの施設は、既存の資源を有効活用しながら、独自のコンセプトで新たな魅力を創造し、画一的な宿泊施設とは異なる選択肢を求める顧客に強くアピールしています。リノベーションは、コストを抑えつつも、大きな価値転換を実現できる可能性を秘めたブルーオーシャン戦略の一つと言えるでしょう。

7. 宿泊施設のブルーオーシャンシフトを成功させるためのポイント

宿泊業界においてブルーオーシャンシフトを単なる戦略論で終わらせず、実際に成功へと導くためには、いくつかの重要なポイントが存在します。これらは、戦略策定後の実行段階において特に意識すべき要素であり、組織全体での取り組みが不可欠です。ここでは、ブルーオーシャンシフトを成功に導くための鍵となるポイントを深掘りしていきます。

7.1 経営層の強いコミットメント

ブルーオーシャンシフトは、既存の事業モデルや慣習を大きく変える可能性のある変革です。そのため、経営層自身の強い意志と覚悟、そしてリーダーシップが成功の絶対条件となります。中途半端な取り組みでは、組織内の抵抗や短期的な業績の揺らぎに耐えられず、元のレッドオーシャンに引き戻されてしまう危険性があります。

7.1.1 ビジョンの明確化と共有

経営層は、なぜブルーオーシャンシフトを目指すのか、どのような新しい価値を創造し、どのような未来を実現したいのかという明確なビジョンを描き、それを組織全体に繰り返し伝え、共感を醸成する必要があります。ビジョンが曖昧では、従業員は何を目指して努力すれば良いのか分からず、変革へのエネルギーは生まれません。目指すべき方向性を具体的に示し、組織の羅針盤としての役割を果たすことが求められます。

7.1.2 リソース配分と意思決定の迅速化

新しい価値創造には、ヒト・モノ・カネといった経営資源の再配分が不可欠です。経営層は、ブルーオーシャン戦略の実現に必要な投資を大胆に行い、迅速な意思決定を下すことが重要です。従来の延長線上にある予算配分や、意思決定の遅延は、変革のスピードを鈍化させ、競合に追随されるリスクを高めます。時には既存事業のリソースを戦略的にシフトさせる判断も必要となるでしょう。

7.1.3 失敗を恐れない組織文化の醸成

ブルーオーシャンシフトは未知の領域への挑戦であり、試行錯誤は避けられません。経営層が短期的な失敗を許容し、挑戦を奨励する文化を醸成することで、従業員は安心して新しいアイデアの創出や実行に取り組むことができます。「挑戦した結果の失敗」と「何もしないこと」の違いを明確にし、前者を評価する姿勢が、イノベーションを生み出す土壌となります。

7.2 従業員への理念浸透と実行力

どれだけ優れた戦略を描いても、それを実行するのは現場の従業員です。ブルーオーシャンシフトの成功は、従業員一人ひとりが戦略の意図を理解し、共感し、日々の業務で体現できるかにかかっています。理念が浸透し、高い実行力が伴って初めて、戦略は真の価値を発揮します。

7.2.1 理念・価値観の共有と共感

経営層が描いたビジョンや、ブルーオーシャン戦略を通じて提供したい独自の価値観を、研修やミーティング、日々のコミュニケーションを通じて丁寧に伝え、従業員の共感を得ることが重要です。なぜこの取り組みが必要なのか、顧客にどのような喜びを提供したいのかを従業員が自分ごととして捉えられて初めて、主体的な行動が生まれます。ストーリーテリングなどを活用し、感情に訴えかけるコミュニケーションも有効です。

7.2.2 スキルアップと権限委譲

新しい価値を提供するためには、従業員に新たなスキルや知識が必要となる場合があります。必要なスキルを習得するための研修機会を提供し、同時に、現場で判断し実行できるような権限委譲を進めることが、実行力を高める上で効果的です。従業員の成長を支援し、自律性を尊重する姿勢が、組織全体の能力向上に繋がります。

7.2.3 部門間の連携強化

新しい顧客体験の創造は、特定の部門だけで完結することは稀です。フロント、客室、料飲、予約、マーケティングなど、部門間の壁を取り払い、スムーズな情報共有と連携を実現することが不可欠です。共通の目標に向かって協力し合える体制を構築することで、一貫性のある質の高いサービス提供が可能となり、顧客満足度の向上に繋がります。

7.3 継続的な市場分析と戦略の見直し

ブルーオーシャンは永続的なものではありません。市場環境や顧客ニーズは常に変化し、競合も新たな戦略を打ち出してきます。一度ブルーオーシャンを切り拓いたとしても、それに安住することなく、常に市場を分析し、戦略を柔軟に見直し続ける姿勢が、持続的な成功のためには不可欠です。

7.3.1 顧客フィードバックの収集と活用

新しい価値提案が顧客に受け入れられているか、改善すべき点はないかを把握するために、アンケート、レビューサイト、SNS、直接の対話などを通じて、顧客の声を積極的に収集し、分析することが重要です。顧客からのフィードバックは、戦略の効果測定や改善のための貴重な情報源となります。特に、ターゲットとして設定した顧客層からの意見を重視しましょう。

7.3.2 競合・代替サービスの動向把握

自社のブルーオーシャン戦略が、競合他社や、顧客の課題を解決する他の代替サービス(例えば、民泊やオンライン体験など)によって模倣されたり、陳腐化したりする可能性は常にあります。定期的に競合や代替サービスの動向を調査・分析し、自社の優位性を維持・強化するための対策を講じる必要があります。市場全体の変化を捉え、先手を打つ意識が重要です。

7.3.3 KPI設定と効果測定、改善サイクル

ブルーオーシャン戦略の進捗と成果を客観的に評価するために、適切なKPI(重要業績評価指標)を設定し、定期的に効果測定を行い、その結果に基づいて戦略を改善していくPDCAサイクルを回すことが不可欠です。例えば、特定の顧客セグメントからの予約比率、客単価、顧客満足度、リピート率などがKPIとなり得ます。データに基づいた意思決定と継続的な改善が、戦略の精度を高め、成功を持続させます。

8. まとめ 宿泊施設のブルーオーシャンシフトで未来を切り拓く

多くの宿泊施設が価格競争というレッドオーシャンに陥る中、ブルーオーシャンシフトは持続的な成長への活路を示します。これは単なる差別化ではなく、バリューイノベーションを通じて顧客にとっての新しい価値を創造し、未開拓の市場を切り拓く戦略です。本記事で解説した思考法やステップ、そして成功事例を参考に、自社ならではの価値を見出し実践することで、競争から抜け出し、未来においても「選ばれる宿」としての地位を確立できるでしょう。